大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和40年(ワ)4205号 判決

原告 永井寿実子

右訴訟代理人弁護士 高橋義一郎

同 伊沢英造

被告 菊地亀蔵

右訴訟代理人弁護士 松下則光

被告 北堀一郎

右訴訟代理人弁護士 村上晋一

主文

1、被告菊地は原告に対して金四六八、四〇七円およびこれに対する昭和四〇年七月一日から右支払ずみまで年五分の割合による金員を、

被告北堀は原告に対して金五〇三、四〇七円およびこれに対する昭和四〇年七月一日から右支払ずみまで年五分の割合による金員をそれぞれ支払え。

2、原告のその余の請求を棄却する。

3、訴訟費用は一〇分し、その一を原告の、その余を被告らの負担とする。

4、この判決は第一項にかぎり仮に執行することができる。

事実

第一、当事者の求める裁判

一、原告訴訟代理人は「1、被告菊地亀蔵は原告に対し金四九五、三三〇円およびこれに対する昭和四〇年七月一日から右支払ずみまで年五分の割合による金員を

被告北堀一郎は原告に対し金五二二、〇〇〇円およびこれに対する昭和四〇年七月一日から右支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え、

2、訴訟費用は被告らの負担とする。」との判決ならびに仮執行の宣言を求めた。

二、被告ら訴訟代理人はいずれも「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求めた。

第二、原告の請求原因

一、原告は昭和四〇年四月七日午前〇時二〇分ごろ、東京都中央区銀座並木通レストラン三笠斜め前の歩道上において、被告北堀の運転する自動車(トヨペット三九年式品五ひ四四三〇)に衝突されて負傷し、後記の損害を受けた。

二、(一)被告菊地亀蔵は右自動車の所有者であって、これを自己のために運行の用に供するものとして、自動車損害賠償保障法第三条により、右運行により生じた原告の後記損害の賠償の責に任ずべきである。

(二) 被告北堀一郎は当時無免許であって、しかも飲酒酩酊していたのに、あえて車道上に駐車中の右自動車をバックさせようとして自動車を歩道上にのり上げて前記事故を惹起させたものである。

三、原告は右事故によって次の損害を被った。

(一)  治療費

原告は本件事故により右脛骨踝部骨折の傷害を受け、この治療のため左記支出をした。

(1) 菊地病院二一三〇円(昭和四〇年四月七日朝、同日午後、四月八日の三回通院)

(2) 右通院のタクシー代二六四〇円(一往復八八〇円のところ三回)

(3) 日本医科大学付属病院一八六四〇円(昭和四〇年四月九日から同年六月三〇日までの間三二回通院)

(4) 右通院のタクシー代一三四四〇円一往復四二〇円のところ三二回)

(5) 小守マッサージ療院四〇〇〇円(昭和四〇年六月一七日から同月二六日までの間八回通院)

(6) 右通院タクシー代四四八〇円(一往復五六〇円のところ八回分)

以上合計四五、三三〇円

(二)  着衣に対する損害

原告は右事故により当日着用していた衣類一着を毀損され、使用不能にされた。右衣類の時価は三五、〇〇〇円である。

(三)  得べかりし利益の喪失

原告は中央区銀座西六丁目五番地バー「りをんどおる」に女給として勤務し同所において一日平均三、〇〇〇円の収入を得ていたが本件事故による傷害のため昭和四〇年四月七日から同年六月三〇日まで八五日間勤務不能となり、収入をうることができなかった。そのうち日曜祭日を除いた七〇日間は事故がなければ働いて収入を得られたのであって、その合計は二一万円である。

(四)  慰藉料

原告は二八才の未婚の女性であるところ、前記勤務による収入をもって同居の母かおる(五六才)妹多実子(二六才)を扶養している。然して本件事故のため、収入は途絶し、治療費の支払により生活に多大の不安を覚え、傷害による苦痛もまた大きなものであった。しかも被告北堀の重大な過失による傷害であるから、その慰藉料としては二四万円を相当とする。

四、よって原告は被告菊地に対し、前項(一)、(三)、(四)の合計四九五、三三〇円およびこれに対する事故発生の日の後である昭和四〇年七月一日から右支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を、被告北堀に対し、前項(一)、(二)および(三)の得べかりし利益二一万円のうち二〇一、六七〇円および(四)の合計五二二、〇〇〇円およびこれに対する事故発生の日の後である昭和四〇年七月一日から右支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

第三、被告菊地の答弁

請求原因事実中、原告主張の自動車が被告菊地の所有であることは認めるが、その余の事実は知らない。

第四、被告菊地の抗弁

被告菊地はその息子訴外菊地照巳に原告主張の自動車を運転させていたもので被告北堀に車の運転をさせたことはなく、また照巳も被告北堀に運転を許したわけではない。被告北堀は無断で運転して事故を起したのである。

第五、被告北堀の答弁

一、請求原因事実中、第一項の損害を与えた点は知らないがその余の事実は認める。

二、同第二項(二)のうち、酩酊していたことは否認し、その余の事実は認める。

三、同第三項は知らない。

第六、被告北堀の抗弁

一、(過失相殺)原告は本件事故発生時に路上に駐車していた本件自動車の背後の歩道上に訴外小池某と談笑し乍ら横向きに佇立し、本件自動車の存在すら認識せずよそみしながら漫然と立っていたものである。

歩行者とはいえ前後左右を注視して事故発生を回避すべき義務がある。最近の自動車には後進せんとするとき後方の尾灯が赤色に点灯するのが一般である。原告が本件自動車に相当の注意をしていれば、歩道上とはいえ本件事故は回避し得られるか又は損害を最小限にとどめえたものである。右事実は損害賠償の額の算定にしんしゃくされるべきである。

二、(休業による支出不要の交通費)

原告が勤務するバーの閉店は深夜に及び、従業員は帰途の交通機関の都合により一人平均月額一万円のタクシー代を支出していた。原告は昭和四〇年四月七日から同年六月三〇日まで八五日間休業していたので、その間就業していたならば当然支払わなければならないタクシー代一ヶ月一万円として八五日では、金二八、三三三円の支出を免れたから、これを損害額から控除すべきである。

第七、原告の右に対する答弁

一、被告菊地の抗弁事実中、同被告が本件自動車を訴外菊地照巳に運転させていたことは認めるが、その他は否認する。右訴外人は当時友人である被告北堀をその運転台に同乗させかつ車を通行の妨げとなるような状態において、駐車させたまま車を離れ被告北堀をして容易に車を運転しうべき状態においたものである。従って被告北堀の自動車運転については照巳に過失があり、被告は本件事故によって生じた損害につき賠償の責任を有すること明白である。

二、被告北堀の抗弁はいずれも否認する。

第八、証拠≪省略≫

理由

≪証拠省略≫によると、原告が昭和四〇年四月七日午前〇時二〇分ころ、東京都中央区銀座並木通レストラン三笠斜め前歩道上において、被告北堀の運転する車(以下加害車という)に衝突されたこと(以上は原告と被告北堀との間では争いがない)、その結果原告は右脛骨踝部骨折の傷害を受けたことが認められ、右認定に反する証拠はない。

二、(一)被告菊地亀蔵の責任

被告菊地亀蔵が加害車の所有者であることは当事者間に争いがない。

そして≪証拠省略≫によると、訴外菊地照巳は被告菊地亀蔵の子で、一九才の学生であるが、加害車を運転することを許され、頻繁に乗車していたものであるところ事故当日は、助手席に友人である被告北堀を乗せて加害車を運転し、銀座に来て共に飲酒したのち一旦加害車に乗車したが、酔余気分が悪くなり車の外に出て六・七メートル離れたところで吐いていたこと、被告北堀は車の中で待ち、二回ほど菊地照巳の様子を見に行っていたが、車の前方に工事場があり、車と工事場との間を他の車が通り、加害車の前の角のところが通過する車と接触すると思い、たまたま車のキーがさしてあったままになっていたので自分の判断で、自ら車を運転しこれを若干後退させようと試みたところ、運転を誤り本件事故を発生させるに至ったこと、が認められる。

そうとすれば、被告菊地亀蔵は本来加害車を自己のために運行の用に供するものであり、その子の照巳にその車を運転させることによって、右運行供用者たる地位を失わぬことはもとより被告北堀一郎が車の運転をするに至った後においても、もともと被告北堀としては車の同乗者であり車を傷つかせないようにするため加害車を若干後退させようとしたに過ぎず車の所有者の運行支配または利益を排除しようとしたものではないのであるから、被告菊地亀蔵が主張するように被告北堀一郎とは面識がなく従って運転を任せたことがないからといって被告菊地が加害車の運行供用者ではなくなるとは到底認められない。

従って、被告菊地亀蔵は自動車損害賠償保障法第三条により、原告の蒙った人的損害を賠償すべき義務がある。

(二)(被告北堀一郎の責任)

前認定のように被告北堀一郎の運転する車が歩道上で原告と衝突したのであるが、≪証拠省略≫によると被告北堀一郎は無免許であり、しかも飲酒していたのであるから、本来加害車の運転をなすべきものではなく、仮りに運転をあえてするとしても車を後退するには後方の安全を確認しつつすべきであるのに後方をよく注意することなく車を後退させ車道から歩道にのり上げさせた結果、原告と衝突するに至ったことが認められ、右認定に反する証拠はない。

そうすると、被告北堀一郎は、車を原告に衝突させるについて過失あるものと認められ、同被告は民法第七〇九条により本件事故による原告の損害を賠償すべきである。

三、よって次に原告が本件事故によって受けた損害につき判断する。

(一)  治療費

≪証拠省略≫によると原告は事故による右脛骨踝部骨折の傷害の治療のため左記金額を支出したことが認められる。

(1)  菊地病院へ支払の治療費二一三〇円(昭和四〇年四月七日から同月九日まで三回)

(2)  前記傷害のため、原告が歩行できず通院に要したタクシー代二六四〇円(一往復八八〇円のところ三回)

(3)  日本医科大学付属病院へ支払の治療費一八六四〇円(昭和四〇年四月九日から同年六月三〇日までの間三二回通院)

(4)  右通院のタクシー代一三四四〇円(一往復四二〇円のところ三二回)

(5)  小守マツサージ病院に支払ったマツサージ料四〇〇〇円(昭和四〇年六月一七日から同月二六日まで八回)

(6)  右通院タクシー代四四八〇円(一往復五六〇円のところ八回分)

以上合計四五、三三〇円。

(二)  着衣に対する損害

≪証拠省略≫を総合すると、本件事故により原告が当時着用していた塩沢御召、絵羽織は加害車にすられたり泥がついたりして、原告がつとめる後記の店ではもはや着られないようになったこと、右御召は一五、八〇〇円羽織は一九、二〇〇円計三五、〇〇〇円であって、結局原告は同額の損害を受けたことが認められる。

(三)  得べかりし利益の喪失

≪証拠省略≫によると、原告は当時バー「りをんどおる」のホステスをしており、そこでの収入は一日固定給として二、〇〇〇円ほかにチップとして少くとも一、〇〇〇円はあること、原告は本件事故によって昭和四〇年四月七日から同六月三〇日まで八五日間、勤務することができなかったことバー「りをんどおる」のホステスは月に二六日間くらい勤務するのが普通であるから、右期間中原告は事故がなければ七〇日間は働けたであろうと考えられ、従って計数上七〇日間で二一万円を稼働により収得できたと考えられること他面、原告は閉店後帰宅についてタクシーを利用するのは月のうち一〇日位で料金は一万円くらいであると認められるところ、原告が働きに出なかったことによりかかる費用は支出しないですんだと認められるので、一月を二六日とし、七〇日では二六、九二三円となることは計数上明らかであるのでこれを控除した一八三、〇七七円が本件事故による得べかりし利益の損失と認められる。

(四)  慰藉料

前認定のように、原告は本件事故により右脛骨踝部骨折の傷害を受け、この治療に約二ヶ月半を要し、その間欠勤のやむなきにいたったのであり、そのため多大の苦痛を受けたことは明らかであるところ、≪証拠省略≫によれば、その間ギブスをはめたりし、歩行に困難を感じ、その後も立っている分には痛まないが、急に立ったり座ったりするとつっぱり、かつ正座することはできないこと、しかし、歩くのは差支えなく、ただハイヒールははけないこと、傷跡はないこと、原告は未婚の二八才の女性であること、原告はアパートに無職の母と、日収約二万円の妹と生活していることが認められ、以上の事実及び、前認定のように歩道上の事故であること等事件の態様を考え合わせると、慰藉料として二四万円を相当とする。

四、被告北堀は、過失相殺を主張するが歩道上にあった原告に所論のように前後左右を注視して事故発生を回避すべき義務があるとは考えられず、採用することはできない。

五、以上の事実によると、原告の本訴請求は被告菊地に対しては前記三項(一)(三)(四)の合計四六八、四〇七円およびこれに対する損害発生の後である昭和四〇年七月一日から民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で、被告北堀に対しては、前記三項(一)ないし(四)の合計五〇三、四〇七円及びこれに対する損害発生の日の後である昭和四〇年七月一日から民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で、それぞれ理由があるので、その限度でこれを認容し、その余は理由がないのでこれを棄却することとし訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条第九二条第九三条第一項を、仮執行の宣言につき同法第一九六条を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 吉岡進 裁判官 岩井康倶 浅田潤一)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例